大阪時代、串かつ屋は安くて美味しいとても愉しみな店であった。梅田の地下街の、なぜか昼間からサラリーマンがたむろする串かつ屋。みんなが斜めを向いて窮屈そうに、しかし楽しそうに、皆がたくさんの人が入るように工夫している串かつ屋はあまりにも有名である。お好み焼き、たこ焼き、串かつ。これはなんといっても大阪である。
東京が天麩羅なら大阪は串かつであろう。天麩羅の方が上品な感じがするし、高級なイメージがある。しかし串かつの優れている点も多数ある。串かつは、肉類も食べられる。牛、豚、鶏も材料として使われる。なんでも揚げる。アイスクリームも揚げてしまう。工夫が面白い。キャビアやめんたいこも使われる。天麩羅は野菜と魚介類のみ。これはやはり江戸前のものである。そして串かつはたくさん食べられる。大体、一回食べにいくと20本以上食べる。天麩羅を20も食べることはない。これは衣が油を遮断していて、種に油がしみていないせいである。天麩羅は種に油がしみている為、どうしても数が限られる。そして値段は少々、お高い。これはやはり新鮮な魚介類が中心であるから故であろう。
現在、東京でいく串かつ屋の名店と言えば、赤坂は「六波羅」さん。もうお付合いは15年以上になるであろうか。なかなか予約が取りにくい、有名、人気店である。京都出身のご主人が揚げる串かつは衣がとてもおいしく、カラッとしていて何本でも食べられる。40本食べたお客さんがいるそうである。キャベツと野菜スティックをかじりながら串かつを頂く。こちらの秘伝の油は3種類が調合されていて、まろやかな串かつである。ソース、塩、ポン酢の3種類のツケダレで頂く。ご主人が種をだしてくれる際、「ソースでどうぞ」「ポン酢でどうぞ」と教えてくれる。基本的には肉類はソース。魚介類はポン酢。野菜は塩である。アスパラなどはマヨネーズが塗られて、でてくる。
美味しい食べ方はただ一つ。揚げたもの、出されたものをすぐに食らいつく。これは鮨も、天麩羅も串かつも同じ。揚げたてを、舌をやけどしながら食べる。食べた後、舌にやけどをしていたら、美味しく食べた証拠である。鮨も、温度が一番大切である。数寄屋橋「次郎」の大将は、「握って、そのままにしてベチャクチャしゃべっている客を見るとイライラする。」と言ったがその通りである。鮨も、しゃりと種の温度が一番良い状態でだせるよう常に逆算されているのだ。その逆算の末に一番良い温度でだされたものをほっておかれたら、怒るのも当然。偉そうにする鮨屋が多い最近であるが、客もルールを守る必要があるのだ。美味しくだそうとするものは美味しく食べるようにしなければ失礼なのである。串かつも天麩羅もそうである。アツアツを食べなきゃ、来て食べる意味はないのである。でなきゃ、家で食えばよい。
見事に揚げられた串かつにソースをたくさんつけて、アツアツを口に入れる。
「あつつつ、うまーーーーーい。」二口目には、「美味いなあ、これは。」と言いながら生ビールを、「お代わり頂戴!!」(痛風の心配が。。。。いいや、いってしまえ。)
至福の味が広がる。大将が嬉しそうな顔で微笑んでいる。これ以上の言葉はいらない。たくさん食べれば皆に幸せが広がる。串かつとはそういう食べ物である。
山村幸広
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