山村幸広の一日、一グラム

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「京菜 かわにし」絶品のおから 6月30日
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 母の味、ふるさとの味と言えば何を思い出すであろうか? 小生の場合、「おあげの炊いたもの」「肉じゃが」「ハンバーグ」などである。子供の頃はさほど好きではなかったが、そういえば「ひじき」「ごぼう」「ふき」など、いわゆる「おばんさい」もよく食べていた。伏見とうがらしがよく弁当に入っていて、これの何がうまいのかと、ガキの頃は思ったもんだ。

 有名店であるが、なんだかんだと行った事のなかった「京菜 かわにし」に誘っていただいたのは、高名な音楽プロデユーサーの立川直樹さんである。「ロック」を語らせたらこの人右に出る方はない。ロックを語れる「素敵なオヤジ」である。なんといっても、「レコードを捨てちゃもったいないよ。」と金沢のご自分のレコード館はなんと20万枚の貯蔵。日本での音楽、ロックの歴史は立川直樹氏が作ったのである。

 こちらのお店、やはりファンが多いのはうなずける。最初に出てきた「おから」。元来、おからはそんなに好きではないのだが、これはもう絶品である。このダシ加減、たき加減。日本一のおからである。「旨い、旨い。」と食べてると、隣で立川さんが嬉しそうな顔をして「美味しいでしょ。」とニコニコ顔で言う。この後は、「ゆば」「伏見唐辛子とじゃこ」「きんぴらごぼう」(これがまたまた絶品。ごぼうの色がそのまま。醤油は使っていないか、薄口醤油をほんの少しだろう。それに山椒の実で味を引き立てている。いままでに経験した事のないきんぴらごぼうである。)その後、「はも」がきて、「鴨」と続いた。すべて旨い。この鴨とおかみさんのダシで「鴨なんそば」を作れば、これは旨いだろうなあと一人で考えていた。もう少し通って、おかみさんにリクエストしてみよう。そして並んでいるお品から、茄子の炊いたものと万願寺とうがらしを小生だけリクエストして頂く。本当に京都に帰っている気がした。おかみさんの京都弁が耳に心地よい。

 この食べ物は焼酎ではない。京都は酒である。立川さんに便乗して酒は新潟の「〆張鶴」。このすっきりしながら酒の味がする酒が料理にぴったりである。

 こんな料理が作れたら、もう男はたまらない。と思っていたらおかみさんが料理教室をやっていると聞きつけた。水曜日、土曜日、日曜日とやられているそうである。小生も習いにいきたいと思っている。多分これは一生の財産になるのではないだろうか?

 あーー、なんかむしょうに京都に帰りたくなってきたなあ。今は暑いんだろうなあ。六本木の真ん中で京都を感じる。そんなおかみさんのいる店がこの「京菜 かわにし」である。味と酒と京の匂い。

 このお店は東京の財産である。

山村幸広

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  • by yamamura2004 | 2005-06-30 22:26
    「新文化」向け寄稿 6月24日
    a0000002_23473435.jpg 出版業界向けの新聞で「新文化」という新聞がある。
    そこに「出版とインターネット」というタイトルで結構長い寄稿をさせて頂き、先日掲載された。その文章(加工前ですので少し内容が違います。)をUPさせて頂く。

     インターネットの急成長にかかす事のできなかった機能が2つある。
     それは、「検索機能」と「コミュニティ」である。この2つがなければインターネットの進化はなかったといっても過言ではない。
     検索機能がなければ個人がホームページを立ち上げる事などなかったであろうし、世界中に無数のホームページが存在する事はなかったであろう。インターネットで検索してネットサーフィンをすれば欲しい情報のほとんどは網羅されているであろう。
     「コミュニティ」がなければインターネットのコンテンツは現状では成り立たない。
     インターネットの主要コンテンツを考えてみる。アクセスページの多いサイトを考えてみる。殆んど全てがコミュニティ系コンテンツである。日本最大のアクセスを誇るヤフーも「掲示板」「オークション」というコミュニティ系コンテンツが主要コンテンツであり、これらの比重がかなり高い。その他のアクセスがあるサイトは個人ホームページ管理サイトか掲示板サイトである。ポータルサイトもコミュニティの弱いサイトはアクセスが少ない。

     このコミュニティコンテンツを考えてみよう。
     まず最初に、これをコンテンツと呼べるであろうか? これをメディアと言えるであろうか? なぜならこれらは個人が、ユーザーが作ったコンテンツの集合体なのである。主催者は場所を提供しているだけで、なんのコンテンツも作っていない。要するに他人が作ったコンテンツなのである。そのコンテンツの運営者をメディアと呼んでもよいのだろうか? しかしこのコミュニティコンテンツはユーザーの心を捉えている。それを支えたのはテクノロジーではない部分が大きい。

     例えば、現在は家族と言う単位が失われつつある。家に帰っても誰もいない。家族そろって食事をしたり会話をしたりしない。また、一人っ子が多く、兄弟もいない。
     「人」は「人」と話がしたいのだ。人とコミニケーションをとりたいのである。人間だけが与えられたこの言語を使いたいのである。しかし家には誰もいない。こんな環境が人をコミュニティへ向かわせている。インターネットにアクセスすれば人と会話ができる。自分の存在が確認できるのである。

     また、日本人は個人主張をするようになった。これを後押ししたのもインターネットである。自分の意見をはっきり述べる。個人として主張する。この半世紀で日本人が美徳としてきた「寡黙」という文化は薄れている。個人としての自分を美徳としているのである。そしてそれは「匿名」という隠れ蓑の中で更に増殖する。インターネットの中での自分。インターネット世界だけでの友達。リアルな世界からの逃亡は、バーチャルな世界を更に楽しくしていき、そちらの世界を重んじる。人前で話をするのがヘタな人もネット上の自分では、雄弁になる。
     昨年、今年とインターネットユーザーに浸透していった「ブログ」もその一つであろう。誰が自分の日記を家の前にぶら下げるであろうか? 少し前までは、日記を家の前にぶらさげて「誰でも読んでください。」という事は考えられなかった。家族でも日記は見せないものである。しかし皆、堂々と公開する。「匿名」「自己主張」「コニュニティ」このインターネットの特長を全てセットにしたこの「ブログ」はユーザーの心を掴んで離さない。そして皆、書きたがっている。書いたものを読んで欲しいのだ。作家志望はどんどん増えている。ケータイのおかげで、皆カメラを常に持っている。写真を撮ってブログに上げる。日本全体が記者に埋め尽くされている。そして自分のブログにトラックバックがあればコミュニティができあがっていく。趣味や地域の友達が増殖し始める。もう日記は机に隠すものではない。みんなに見せるものなのである。

     このようにテクノロジーも重要であったがやはり人間の求める本質をついたものだけが受け入れられるのである。これは出版業界でもあったはずだ。例えば、リクルートの「じゃらん」という雑誌はまさにコミュニティ雑誌であった。色々な雑誌の後ろのほうに、まるで付録コンテンツといわんばかりの1、2ページのコーナーを1冊の雑誌にしてヒットを飛ばした。そこにテクノロジーはない。人が求めていたのは「コミュニティ」だったんだ。

     出版、雑誌は必要なのか?それは不必要なのか?
     私の答えはシンプル。もちろん必要である。
     出版は文化を創っていった。雑誌は流行を生み出していった。「流行」は雑誌で作られていったのである。文化にもっとも影響を与えたメディアは新聞でもTVでもない。間違いなく雑誌なのである。

     休暇の際にプールサイドで本を読む。本がなければ私のハワイの楽しみは半減する。プールサイドはインターネットをしている奴がいるか? そんな人はいない。私は絶対にしない。旅行の前に本屋へ駆け込み、好きな本を買占め、リゾートで読む。これは私の本の喜びなのである。飛行機の中、隣でパソコンをカタカタやられるとやめてくれ!と叫びたくなる。旅行に本は持っていくがパソコンは持っていかないのである。もし絵本がなかったら…考えると恐ろしい。もし絵本がなかったら子供の教育は成り立たない。一方的に流れる映像を見るしかない子供は、想像力を持たず、感性を養う事はできない。絵を見ながら子供は世界への想像を膨らまし、脳を刺激するのである。一方的に流れる映像にはその力を形成する事はできないのである。
     ひとつ断言できるのは私が生きている間に出版業界がなくなることはない。インターネットが出版にとってかわる事はないのである。

     しかしそれには色々をやる事がある。
     まず、ネットの優れている点をあっさり認めて、その強さと戦うのをやめる。例えば速報性であるとかインタラクティブ性といったネットの得意な分野で戦うのをやめる。それはネットだけでなない、TVも新聞もラジオも、それぞれの強さがある。その強さと真っ向から勝負するのは避けた方が良い。そして出版、いわゆる「本」の強さを再認識してはいかがであろうか? 本は簡単に持ち運べて、手に取れる。雑誌は表紙で中身が大体わかるし、パラパラっとめくれば、1分でコンテンツの全体も見わたす事ができる。そして本はとっておける。コレクションできるものである。ネットのコンテンツは「ブックマーク」で保存するが、どうも無機質である。雑誌や出版はとっておきたい、保存しておきたいコンテンツを生んできたし、生み出す力があるはずである。
     「本」「雑誌」が持っている強さと弱さを整理する。そして他メディアの強さと弱さを整理する。そうするとやるべき事がみえてくるのではないだろうか? コンテンツに大切な要素は「独自性」「高品質」「独占性」「時代性」。この要素がミックスすればいいものは生み出せる。生み出されてきたのである。

     その中で出版業界の方々がよく誤解される事がある。例えば、ヒットしているマンガ。これをインターネットで流せば売れるのではないか? この本をネットで配信すればもっと儲かるのではないか? こういう話が多い。しかし、これは勘違いである。なぜ本で読めるマンガをわざわざインターネットで見なければいけないのか? 本を買えばいいのである。本当に読みたければなんででも買いにいく。
     私はインターネットで映画をみる事にも否定的である。映画はDVDで買ってみれるし、レンタルショップですぐ手に入る。わざわざ寒い書斎のパソコンの前で見るものじゃない。
     しかし、例えば、新しい「スターウオーズ」は劇場でもDVD販売もしません。それは「インターネットのエキサイトでしか見れません。」としよう。それはみんなエキサイトにアクセスして映画をダウンロードするであろう。パソコンを持っていないファンは友達の家に行くか、パソコンを買ってでも見るであろう。どうしても欲しい好きなゲームソフトがあれば、ゲーム機も買ってしまうのが消費者の心理なのである。本当にネットコンテンツに参戦するのであれば、たとえばハリーポッターの新刊はサイトでしか読めませんとすればいかがか? 多数のユーザーが集まり、ユーザー登録して購入するであろう。その購入者は御社の顧客データベースである。次の作品もレコメンデーションする事ができる。
     エキサイトで韓国の男優、クォン・サンウの写真集を独占で販売している。9,800円の高価商品にかかわらず、エキサイトのページだけで3カ月の短期間で3万部販売する事ができた。かなり年齢の高い方もいらっしゃったし、ネットを普段使っていない方もいた。しかしさきほどの「独自性」「高品質」「独占性」「時代性」があったコンテンツであるから販売ができたのである。本屋に置いたからといって、10万部の売上になったとは思えない。9800円の写真集はコアなファンの心しか捉えない。ファンは本当に欲しい物があれば、それを探し当てるのである。

     「インターネットにコンテンツを流用する。」まずこの考え方を捨ててみよう。インターネットには、インターネットの特性をいかしたコンテンツをインターネット向けに開発しなければいけない。でなければインターネットの中で光り輝くコンテンツとして無数の中から選ばれるはずがない。本屋の棚の、数万倍大きな棚、それがネット上の棚なのである。その宇宙の星の中から自分の星をみつけてもらうのは至難の業なのである。どこからみても光り輝いていなければいけない。それは流用コンテンツでは決してないのである。

     昔、ある月刊雑誌の編集長に、採用するネタが50あるとすれば、落ちネタが100ぐらい毎月あります。エキサイトにそれを提供しましょうか? と言われた事があった。私たちはお断りをした。私たちのコンテンツ作りの歴史・戦いはそこから始まった

     コンテンツは技術でなない。技術は差別化にならないし、文化を生む事はない。流れはコンテンツで作られる。皆さんは私たちインターネットプレイヤーよりもはるかに長い歴史をコンテンツで飾ってきた。私たちの歴史はほんの10年ほどなのです。
     私たちもいいものをつくる意気込みがある。皆様とのコンテンツの「対決」が楽しみである。私はメディア作りに携れた自分の人生に感謝している。メディアは感動を作れる。楽しい仕事である。

    山村幸広

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  • by yamamura2004 | 2005-06-24 23:48
    宮崎フェニックスは今日も難しかった。 6月21日
    a0000002_21125765.jpg
     宮崎出身の社員が結婚式という事で週末は宮崎へ。
     宮崎に行ったら宮崎フェニックスへ行かない訳にはいかない。
     日本でプレーしたいコースを3つ挙げるとすれば、「札幌ゴルフ倶楽部 和厚コース」「川奈」そしてこのフェニックスであろう。フェニックスの難しさを一言で言うならばバンカーである。バンカーの配置があまりにも難しい。特に試合でも使う高千穂コース。ほとんどティーショットの落とし場所がないのである。簡単に言えば、フェアウェイの左右に、というかフェアウエイの中央にせりだすバンカーの配置が見事というか、勘弁してくださいって感じである。
     片方が230ヤードぐらいに配置されて、片方が250ヤードほどの距離に配置されている。小生の場合、230ヤードのバンカーは超えていけるが250ヤードのバンカーにきっちりつかまってしまう。少しあたりが悪ければ230ヤードのバンカーに直撃。思い切って230ヤード側のバンカー越えを狙っていって、まあまあよかったが250ヤードのバンカーには再三つかまってしまった。ドライバーの調子が悪ければノーチャンスのコースである。

     そして2打目がまたまた大変むずかしい。ガードバンカーの深いこと、深いこと。ほとんどが、大体、身長ぐらいの高さである。女性の方だと反対側に出すのもやっとといった感じ。フェアウェイバンカーのアゴも高いケースが多い。1打目も2打目もミスを許してくれないのである。グリーンは切れるか切れないかが本当に読みきれない。
     しかし、そんなにタフなグリーンではない。何回か続けて廻ればそんなにグリーンは苦労しないであろう。かえってシニアの方が、スコアはまとまるかもしれない。220ヤードぐらいドライバーを打ってきて、残りをスプーンでグリーン手前30ヤードぐらいに打ってくる。そしてそこから狙って、3回に1回ぐらい1パットでいければ、41、42ぐらいで廻れる。よければパーも取れるが、はまれば簡単にダブルボギー、トリプルボギーとなる。
     後半の9ホールはなんとかパーを4つとって面目を保ったが、前半はショートホールでは松に吸い込まれて「8」をたたくなどして、久しぶりの50越えであった。トホホホホ。情けない。コンペだったら大波賞が確定のゴルフであった。

     夜は宮崎ご出身のパートナー様と食事にでかける。地元の方に愛されているこちらの鶏料理のお店、「軍鶏(ぐんけいと読みます。)」はとても美味しいお店であった。一人前の量も多いし、サシミも味が深くて旨い。ささみのサシミが旨いと思ったのは始めてであった。そして胡瓜がうまい。ゆずのモロミが塩辛くなくて、新鮮な胡瓜にぴったり。これだけで酒が飲める。酒はもちろん、焼酎「黒霧島」。宮崎では当たり前のようにどこで飲んでも黒霧島である。大人が5人で食べて飲んで、なんと勘定は1万5000円。生ビールだけで10杯飲んでるのになあ。安すぎます。大変美味しいお店でした。
     来店の際は、「もも焼」「鶏南蛮」「刺身3点盛り」と黒霧島のボトルを3人でどうぞ。1人2千円ほどですんでしまいます。
     宮崎のシメはもちろん「冷汁」。ごはんにダシのようなものをかけて食べるが、これがとてもヘルシー。ダシに豆腐、ピーナッツ、ゴマ、にみょうがやねぎを混ぜて頂く。夏バテにぴったりである。体には最高。

     赤霧島という結構地元では手に入りにくい焼酎を味わった。黒霧島の少しクセのある甘みをさっぱりとさせた感じである。ようは黒霧島の大吟醸というイメージである。しかし、宮崎では、どこで飲み食いしても値段が安いなあ。
     宮崎牛はかなりのハイレベルである。「かわむら」でもたまに宮崎牛が入るが最高級である。残念ながら地元には出回らずほとんど東京へくるようである。
    宮崎は、「もも焼」「黒霧島」「フェニックス」。

    山村幸広


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  • by yamamura2004 | 2005-06-21 21:13
    PC時代からインターネット時代へ マイクロソフト 古川享先達 引退     6月16日
     エキサイトブログのメンテナンスによるサービス停止が予定を大幅に越え、ユーザーの皆様には大変なご迷惑をお掛けいたしました。お詫びを申し上げます。今回の作業は今後のエキサイトブログの成長を考えると不可欠な作業でした。エキサイトのサーバー・メンテナンスの作業でも過去最大規模のサーバー移行作業でした。これはつぎはぎだらけの状態でなく根本的なサーバー移行作業でした。エキサイトブログは他のブログサイトと比べても、又特長としても皆様の美しいそして多数の画像を早く美しく見れなければなりません。それがエキサイトブログの特長です。今回の作業は必ず、半年後、一年後も皆様が快適にお使いいただけるように設計されたものです。
    ご理解を賜ります様宜しくお願い致します。
    今後ともエキサイトブログを宜しくお願い致します。

    エキサイト株式会社
    代表取締役社長 山村幸広


     さて小生がITビジネスに飛び込んだのは、1986年、時代はまだまだ大型コンピュータの時代であった。要するにIBMの時代であった。IBMの大型コンピュータを中心としたSNAが作るオンラインシステムが世界の標準であった。まさに、この年、マイクロソフト株式会社の日本法人は設立された。「3090」という言葉は、その頃の業界の方は誰でも知っているだろう。当時、最高クラスのIBM機の品番である。IBMの品番、いわゆる型番を皆が知っているというぐらい、IBMの時代であった。その後、急速に進むダウンサイジングというキーワードと共に、パソコン(PC)時代が到来した。オフィスに点在していた、「オアシス」や「キャノワード」といったワープロ専用機には、マイクロソフトのMS−DOSが搭載され、マルチプランや一太郎などが動くパソコンが増殖していった。まさにマイクロソフトの時代の到来であった。これは80年代にIBMが独禁法の対象になり、90年代になってその対象がマイクロソフトに移り変わったのをみても明らかである。

     そのPC時代のキープレイヤーとして真っ先に名前が浮かぶのがやはりアスキーの西氏とマイクロソフトの古川先達であろう。西さんのコラムを読むために、週刊アスキーを買っていた。西さんの話にはいつも夢があり、未来があった。西さんが、「PCはこうなるだろう。」と予想した事はほとんど現実化されていった。古川先達はある意味、根っからの技術屋さんであった。技術の話を古川先達が始めたら、それは止まらなかった。夜中の2、3時になっても子供のように目をきらきら輝かせながら技術論を語ってくれた。その話に興奮して頑張れた。会社に行くのが楽しかった。

     今から思えば、私たちの先達は色々な事を教えてくれた。それは技術やコンピュータの事だけではなく、生き方、生き様、酒の飲み方、遊び方。それは皆、先達が教えてくれた。今でも覚えている。2001年、エキサイト株式会社の親会社である、米国のExcite@homeが倒産して、私たちが再スタートを切る時、殆んどの先達は小生に言った。「山村くん、もうエキサイトは、No chanceだよ。」しかし古川さんは違った。「山村くん、アップルを見たまえ。米国では良くないが日本では立派にやっているだろう。エキサイトもそうなればいいんだ。なれるはずだ。」と言って下さった。あの時の古川先達の言葉を胸に頑張れたんだ。2、3か月前にも、お会いしたが、「両手で握手をして頂いた。」

     古川さんはかっこよかった。「俺は、経営は苦手だから。」突然、30代にしてマイクロソフトの社長の座を成毛氏に譲って、会長になられた。社長と会長の役割とはこうゆう事なんだという事がわかった。車も、何もかもこだわりがあった。

     また、私たちの先達はよく「指導」をしてくれた。そう考えれば、私たちは一世代下に指導しなくなった。それは私たちがしなくなったのか、下が聞かなくなったのか? 上からの指導を受けた方がいいのか?悪いのか?は議論のあるところであろうが、少なくとも小生は指導して頂いて先達に感謝しているし、その指導がなければ小生はなかったと思っている。

     私たちの先達は、融資だ、投資だ、ファイナンスだといった事を私たちに語らなかった。皆がPC時代を支えながら、「夢」があり、「わくわく」しながらビジネスに取り組まれていた。仕事の姿も遊び方もかっこよかった。使命感と「技術」に熱くなっていた。純粋だった。美しかった。

     その諸先達、PC時代の先達は殆んどが次の道を歩まれている。アップルの原田さんはマクドナルドに。IBM−PCの廣瀬さんはコロンビアミュージック。マクロメディアの手嶋さん、マイクロソフトの成毛さんはVCに。アスキーの西さんは大学へと。
     私たちインターネット世代経営者も先達が引かれたレールがなければ無かったのだ。オンラインシステムからPCへそしてインターネットへ、流れの中で先達の作り上げた未来予想図を仕上げをしようとしているのだ。私たちはその「仕上げ」をやり抜かなければならない使命があり社会的責任があるのである。先達はそれを見ているし、また指導し、励ましてくれるのだ。

     古川先達の次のステップが楽しみである。でもあの人は楽しい仕事しかしないからなあ。いやはや楽しみである。小生も10年もすればそうゆうタイミングがくるんだよなあ。その時に後悔しないように、そして胸をはれるように。悠々とバトンタッチしたいもんだ。

     古川先達、ご苦労様でした。ご指導ありがとうございました。

    在校生代表 山村幸広

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  • by yamamura2004 | 2005-06-17 10:15
    北海道 夕張メロン 6月13日
    a0000002_20425833.jpg 札幌に行ってきた。札幌でお土産に何を買うか?? それはそれは数え切れない。蟹、ウニ、いくら、ほたて貝、ほっけ、鮭、ししゃも等の海産物。コーン、ホワイトアスパラ、じゃがいも、トマトなどの野菜類。お菓子は六花亭のバタークッキー。そして札幌ラーメン。最近は種類も多く、質もとてもよい。こうも一杯あると本当に悩んでしまう。

     しかしこの時期は何も考える必要がない。一番、自信をもってどの食通も唸らせるのは「夕張メロン」である。蟹もいくらもウニも東京の鮨屋へ行けば問題はないのである。例えばそれは、地元で少し食べるのが旨いのである。そう考えると、この夕張メロンは素晴らしい買いもの、と言うことができる。食べ物のうるさがたもこの旨さには逆らえない。日本の果物の最高品とは、石垣島のアップルマンゴー、山形県のさくらんぼ、そして北海道の夕張メロンである。

     メロンと言えば、それはそれは高級品であった。子供の頃は、中々口に入ることはなかった。食べれるのはプリンスメロンぐらいであった。フルーツパフェにのっている、一切れのメロンを大切に大切に最後まで残して食べたものである。昔は輸入規制で色々なフルーツが高級品であった。キウイもそうであった。子供の頃、四条大橋のたもとに果物屋があって、キウイを見つめてあの果物はなんだろう? と考えていた記憶があるくらいだ。キウイは今や、いつでも手にはいる。

     メロンを食べれば風邪が治るといったもんだ。風邪の時におふくろに、「何が食べたい?」と聞かれて、「メロン!!」と答えた。帰ってきた言葉は、「あほか?」だった。自分で稼げるようになったらメロンを一個買って、一人で全部食べてやるんだと誓った事がある。今はもうそこまで興味はなくなってしまった。人間とは不思議なもんだ。

     夕張メロンとの最初の出会いは約15年ほど前になる。出張で何度か行った札幌のスナックのママさんが家に送ってくれたのであった。なんでも実家が作っていたそうだ。その夕張メロンの美味しかった事、美味しかった事。それからはメロンは夕張メロンと決めている。

     夕張メロンの美味しさはあの食感と上品な甘さ。そして後口に残るあのなんともいえない酸味のような風味である。あのオレンジ色は、「カロチン」が多数含まれているそうである。

     一つ大体、3000円から7000円ぐらいで売ってある。「秀」とか「優」とかいう具合に等級が区分けされているが、小生の経験では「秀」で十分おいしい。よって一個、5000円程度のもので十分に夕張メロンの美味しさを感じられる。まあそう考えれば、高いものであるが、年に一個ぐらいの事なので奮発して買って帰る。

     食べごろは皮が黄色くなってからであるが、小生は少し固めがすきなので、家で早速、頂いた。切った手ごたえがまた、良い。そして大きめに、贅沢に切って、頂く。「旨いーーーーーーー。」一瞬で食べきってしまった。いやーー、美味しいもんである。幸せである。

     季節ものであるが、この時期のお土産に是非、どうぞ。小さな幸せが訪れます。
    やっぱりいいなあ、北海道は。

    山村幸広

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  • by yamamura2004 | 2005-06-13 20:42
    佐藤隆介先生 著 「池波正太郎への手紙」 & 山村幸広から 佐藤隆介先生への手紙 6月8日
     小生が佐藤隆介先生のファンである事、そして佐藤隆介先生とはどんな人かという事は以前にも小生のブログで書かせて頂いているのでそちらを是非読んで頂きたい。先生にはご丁寧にも食事の約束を頂きながら、お誘いできずに1年が経過してしまった。気になりながらも時があまりにもたってしまい、なんとなく連絡できずにいた。そして思い出すたびに気になっていた。
     この週末に先生の新著を発見して読んだ。やはり素晴らしい。食べ物の事を書く人としては現在、日本一である。そして勇気を出して、なんとなんと、手紙を書いて先生に送ってみた。それが下記の手紙である。


    佐藤隆介様

     ご無沙汰いたしております。エキサイトの山村幸広でございます。以前にお手紙を頂いたインターネットの仕事をしているものでございます。お食事をご一緒にさせて頂ければと申しつつ、お誘いできずに時間が経過致しまして、大変申し訳ございません。昨年は会社が上場を迎えまして走り回っておりました。会社も無事、株式公開を終え、一息と思っていましたが、更に忙しくなってしまいました。と見苦しい言い訳をさせて頂き、ご連絡もせず、申し訳ございませんでした。

     その後、先生のお話は色々、お聞き致しました。小生の最愛の鮨屋である神泉の小笹鮨では、「酒は新潟の鄙願をおきなさい。」と酒屋までご紹介されたと聞きおよびました。

     そして、先週の週末、本屋でなんと、先生の書かれた新著「池波正太郎への手紙」を見つけましたので、買って読ませて頂きました。そしてこの手紙を再度書かせて頂きました。新著は池波正太郎氏への先生の思いが伝わると同時に、お店の情景が浮かび、とても楽しく読ませて頂きました。特に、小生の妻は日本橋浜町出身でして、浜町の「藪そば」は、妻の父が最初に連れて行ってくれたお店です。浜町で料亭を営んでいた義父いわく、「いい店は、「菊正宗」をおいている。もちろんお銚子は湯煎でだしてくるもんだ。」と酒をやりながら講釈を言ってくれました。又、京都出身の小生には、「イノダコーヒー」の話などがなつかしく思えました。いまでも京都に帰りましたらイノダでミルクと砂糖の入ったコーヒーを飲みます。(普段は絶対に砂糖はつかわないですが。)

     さて先生、7月○○日の夜は空いていらっしゃるでしょうか? もしよければ夕酒飯をお供させて頂きたく思っております。店の名前は銀座の「かわむら」といいます。先生ならご存知かと思いますが、京都の上七軒に素晴らしい肉をだす「ゆたか」というお店がありました。その「ゆたか」の東京店料理長であった、河村太郎が昨年独立して出した店が「かわむら」といい、銀座で小さな店をやっております。現在、日本で最高の牛肉を食わす店だと思っております。こちらの店ですが、席数が7席ほどしかないので2,3カ月先まで予約がとれません。しかし小生は月に一度、とりあえず予約を入れております。7月○○日がその日にあたります。もしよろしければご一緒させて頂ければと思います。ちなみに8月ですと8月○○日になりますので、どちらかをお選びください。勘定は大変、生意気ですがこちらで持たせて頂きます。お差し支え無ければ夕刻ご自宅へお迎えに伺います。できますれば良い返事をお待ちいたしております。返事がなくても先生の今後の一筆をファンとして楽しみにしております。これから暑くなりますのでお体には十分にご自愛頂きましてご活躍をお祈りいたしております。



     先生に以前、注意をされたので自書のサインを入れて送らせて頂いた。うーーーん、ドキドキするなあ。どうなるでしょう?? 怖い。。。。。。まあどうであれ小生がファンである事にはかわりない。しかし文才のない手紙だよなあ。先生の手紙と全然違うんだよなあ。ワープロはダメなんだよなあ。でも字は汚いからもっとだめだしなあ。実際お会いしたら話になるだろうか? 先生は昭和11年生まれで小生の父親より年上である。

    やっぱり怖いなあ。でも、曲がった事は嫌いだけどやさしいいい人だと思うんだよなあ。

    今から楽しみである。

    山村幸広

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  • by yamamura2004 | 2005-06-08 21:35
    上村愛子ブログ開設2日目に14万人の来訪者を記録!! 6月3日
     今年のエキサイトは上村愛子さんをサポートしていくと以前のブログで書かせて頂いた。先日のプロ宣言と「チーム・アイコ」設立発表と同時に、上村愛子ブログをウーマンエキサイト公式ブログとしてスタートさせて頂いた。その人気の凄いこと、はかりしれない。なんと1日の来訪者が14万人を越えてしまった。トラックバックが180件を超え、コメントも350件を突破、日本でも有数の人気ブログの1つとなってしまった。人気の高さを改めて再認識した。この上村愛子のスポンサー契約を進めた当社の社長室室長は、この日、朝から堂々と社内を風を切って歩いていた。いつも朝はぎりぎりに出勤するくせにこの日は、出社時間のなんと15分前にきていた。そして出勤後に必ず30分の時間を過す、彼の最愛の場所、喫煙室には目をくれず、小生の前に報告に来た。
    くやしいから先に言ってやった。

    「凄い人気だよな。上村愛子は。いいよなあ。上村愛子の力だよなあ。本当に。」

    「。。。。。。。。。。」

    「何やってんだ。さっさと仕事に戻れ。」

    「。。。。。。。。。。」

    まあ、しかしこの契約については褒めるしかない。

    「でかした!!」

     しかし、この上村愛子さんの人気は、スキー好き以外の方にも広がっているのが凄いところである。そして男女共に愛されている。女性に支持されている女性の人気は落ちる事はない。この強い支持は長期間続くであろう。そして来年2月のトリノでは、日本全国大フィーバーになる事であろう。彼女のスーパージャンプは日本中、いや世界中を沸かすはずである。今から楽しみで仕方がない。ケガのないようにじっくり練習に打ち込んでいただきたい。今後もエキサイトの「顔」として色々な場面に登場して頂こうと思っている。色々なキャンペーンで上村愛子さんのキュートな笑顔を見ていただけると思う。

     彼女は、本当に小さいときから日記をつけているそうである。よって文章も旨い。そして何より彼女の素顔が常に見られるなんて、なんて素晴らしいブログなんだろう。いやーーー凄いなあ、エキサイトブログ。やっぱりちゃうよねえ、他とは。しかし、あまりのアクセスとトラックバックの多さに上村愛子ブログはかなり遅くなっており、ピークタイムは繋がりにくい状態となっております。皆様、できる限りピーク時間をはずしてお楽しみください。

     今年のエキサイトは、チェ・ジウさんと上村愛子さんの2枚看板である。なんと贅沢な事であろうか? 盆と正月がいっぺんに来た。いや、鴨がネギを背負ってきた。宝くじとメガバックスが同時に当たったぐらいの贅沢なのである。(自画自賛がしつこい!すんまへん。)
     という事で、皆さんも是非、是非、上村愛子ブログを
     よろしゅう、おたのもうします。

    山村幸広 (上村愛子 かってな応援団 団長)

    【関連リンク】

  • 上村愛子ブログ
  • エキサイトブログ
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  • by yamamura2004 | 2005-06-03 21:27


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