山村幸広の一日、一グラム

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神泉 「鮨処 小笹」(鮨その2) 2月20日 
a0000002_94112.jpg その鮨屋の主人は佐々木茂樹(39歳)という。私より1つ年下のこの男、絶対にえらぶらないし、客をはずさない。どのタイプの客にも合わせるし、好かれる。その人柄の裏側にある根性と信念の強さを人に見せない。岩手から上京、父は漁師。下北沢の小笹寿司で修行。今から約8年ほど前に独立した。下北沢から独立され開店される鮨屋は東京に数件あり、よくメディアにも登場する「銀座 小笹寿司」や「西麻布 小笹寿司」などあるが、彼は一切取材を受けない。彼が独立に選んだ店は、神泉のアパートの一室。細い路地から駐車場をぬけたアパートの1階にひっそりと位置する。もちろん外からはわからないし、一見客が入る事もない。

 こちらのお客さんはマスコミ業界、芸能人、会社関係、その他非常に幅広いが、魚にうるさく東京の名店の常連客だった方が「小笹」の常連になられるという点が目立つ。私が知っている限り、こちらの魚の仕入れは東京でも最高クラスといえる。しかし値段は他の一流処より3~4割、下手すると半額ぐらい安い。競馬好きの彼はよく「複勝馬券です。」と言う。要するに、100円を110円で売っているという。彼の税理士はあまりの仕入原価率の高さに、「ありえない。」と信じなかったが、自分で食べて、支払って、初めて信用したそうだ。もちろん鮨屋とは店、ご主人、器、雰囲気、ブランド、技、魚、サービス、価格、味(魚自体、酢メシと魚のバランス、煮ツメ、のり等々)など色々なポイントがあって、その価値観と好みで「一番」を決めるものであるが、小生はこの鮨屋を一番だと思っている。

 彼が築地の最高級の魚を満足感のある価格で提供できるのには色々な工夫がある。まず、場所が神泉のアパートで家賃が安いこと。次に、仕事は彼1人プラス給仕の女性が1人(現在、隣の部屋をぶちぬいて10席になったせいもあり、女性は2人になっている。)で人件費が安いこと。そして、殆どのお客さんが「おまかせ」なので、客が常に満員状態の現在では仕入れのロスも少ないことが挙げられるだろう。

 彼の仕入れは面白い。一度彼と築地にいった事があるのだが、彼は午前10時頃築地へいく。まぐろ屋さん(築地 内藤さん)にいくと、既に彼の分がおいてある。「橘」の「うに」も彼の分が既に取ってある。季節により「しんこ」「ほしがれい」などの貴重な魚も彼の為に取ってある。そうやって仕入先を一巡して、昼前には店にもどって仕込みを始める。既に彼と仲買さんとの信頼が形成されているのだ。

 この信頼の形成が彼の何よりの財産ではあるが、ここまでくるのに想像を絶する苦労があった。仲買さんは買ってくれる鮨屋があるから落札する事ができる。要するに、一番いい物を「小笹」が買うという前提があるから勝負して落とせるのである。彼の店も最初から順風満帆ではなかった。1年目、客はほとんどこない。仕入れた絶品の魚はほとんど腐って金と共に消えていった。しかし仲買さんが用意した魚を一度でも断れば、良い魚はまわってこなくなる。又、仲買さんも勝負できない。魚がまだ余っていても、客の予約が入っていなくても、彼は用意された魚を黙って買って帰る。築地の仕入れは現金。彼の資金はほとんど底をついていた。しかしなんとか工面して、彼は良い魚を買い続けた。よく、「しげちゃん、またマグロ買ってきたのかい?」「ええ折角、仲買さんが一番のまぐろを落としてくれてるんで。」と大きなマグロを2人で眺めていたものだ。しかしその根性と信念は客に通じるものである。客は客を呼び、魚のロスも少なくなった。もう腐っていく魚はなくなった。彼は勝負に勝った。

 独身の頃は週に2回は通っていた。土曜日なんかは競馬新聞片手に鮨をつまみ、常連さんの何人かとしげちゃんとで競馬予想をするのが楽しみであった。今は土曜日はフルに2、3回転、お客さんの予約がぎっしりだそうだ。最近は予約が中々とれない事もあり、月に1、2度行く程度である。そういう意味ではだんだんしげちゃんも遠い存在になってきて寂しさもあるが、今の繁盛ぶりはうれしい限りだ。古い常連さんもみんなが彼を応援している。だれも常連ぶらず新しいお客さんに喜びを感じる。

 1年を通じて旬のもの、かつ最高の魚しか仕入れない店なので、私も長年通っているが、「いくら」は1年で2、3週間の間だけ。よってまだ2,3回しか食べた事がない。「うに」や「あなご」も良いものがなければ買わない。彼の仕入れる鯛のかぶとだけを料亭さんが買わせてくれといった事もあるぐらいだ。もちろん生のものしか使わない。である故、一年中「いくら」が食べたい客は、しげちゃんの店にはこない。だが、この店を紹介させて頂いて喜ばれなかったことはない。でも考えればそういう人にしか紹介していない。この店は、客が客を選んでいるのだ。誰かを招待すれば、この場所に皆さん感激される。「隠れ家」を紹介された人は喜ぶものである。こちらもそれを一つのプレゼンテーションと考えている。そして味に、主人・佐々木茂樹に惚れる。「隠れ家」という評判は、彼にとっては計算外のプラス要素となった。

 あとはこの男に弟子と嫁さんがくればと願っている。この鮨屋を知って一生食べる事ができる小生はほんとにラッキーである。幸せである。

今日も我が家のように暖簾をくぐる。

山村幸広

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